日本では1982年にテレホンカードを使えるカード式公衆電話が登場しました。小銭を何枚も用意する必要がなく、特に長距離通話では便利だったため、その後テレホンカードは広く普及していきました。
それなら「普及後はすべての公衆電話をテレホンカード専用にすればよかったのでは」と考えることもできます。しかし実際には、硬貨とテレホンカードの両方に対応する公衆電話が長く使われました。NTT東日本の資料によると、1982年12月に登場したカード式公衆電話は硬貨との併用型で、1984年にはテレホンカード専用機も導入されています。つまり、専用機という発想自体がなかったわけではありません。NTT東日本・公衆電話機のうつりかわり[参照]
公衆電話は、日常的にカードを持つ人だけが使う機器ではありません。外出先で突然電話が必要になった人、旅行者、子ども、高齢者、災害時の利用者など、不特定多数が使う公共性の高い通信手段です。利用方法をカードだけに限定するより、身近な硬貨も使える状態にしておくほうが利用者の選択肢を広く保てるという点が重要です。
テレホンカード対応の公衆電話は1982年に登場した
NTT東日本が公開している公衆電話の歴史によると、テレホンカードを利用できるカード式公衆電話が登場したのは1982年12月です。当時はまだ日本電信電話公社、いわゆる電電公社の時代でした。NTT東日本・電信電話のあゆみ[参照]
それ以前の公衆電話では10円硬貨や100円硬貨が利用されていました。例えば100円硬貨に対応する黄色い公衆電話は1972年から登場しており、テレホンカードが登場する時点ですでに硬貨を使って電話する習慣と設備が社会へ広く定着していました。NTT東日本・1971~1976年の公衆電話[参照]
1982年のカード式公衆電話も、最初からカードだけに切り替えたのではなく、硬貨とテレホンカードを併用できる方式でした。NTT東日本はテレホンカードのメリットとして、小銭がなくても電話できることや、長距離通話で続けて硬貨を投入しなくてもよいことを挙げています。
テレホンカードは硬貨の「完全な代替」ではなく便利な選択肢だった
テレホンカードの大きなメリットは利便性です。長距離電話では通話料金が増えるたびに硬貨を追加する必要がありましたが、カードなら残度数から自動的に料金が差し引かれます。
一方で、テレホンカードを利用するためには、当然ながら事前にカードを持っている必要があります。硬貨なら財布に入っている10円玉や100円玉をその場で使えますが、カード専用機ではカードを持っていない人が通常の有料通話を利用できなくなってしまいます。
例えば外出先で急に家族へ連絡する必要が生じた人が、財布に100円玉は持っていてもテレホンカードを持っていないという状況は十分に考えられます。公衆電話の性格を考えると、カード利用者の利便性を高めながら従来の硬貨利用者も排除しない併用方式には大きな意味がありました。
実はテレホンカード専用の公衆電話も存在した
「公衆電話をカード専用にする」という方式が採用されなかったわけではありません。NTT東日本の資料では、1984年にテレホンカード専用機が導入されたことが確認できます。NTT東日本・カード式公衆電話機[参照]
したがって歴史を正確に見るなら、「カード専用化という選択肢を検討しなかった」というより、カード専用機も導入しながら、すべての公衆電話を一律にカード専用へ統一することはしなかったと捉えるのが適切です。
さらに1990年に登場したISDN回線を利用するディジタル公衆電話についても、NTT東日本の資料ではテレホンカードまたは硬貨を入れて利用する仕組みだったことが確認できます。カードが十分普及した時代になっても、硬貨対応には利用価値が残っていたことが分かります。
公衆電話は「カードを持っていない人」も使える必要がある
公衆電話と家庭の電話との大きな違いは、利用者をあらかじめ限定できないことです。駅、道路、公共施設などに設置され、不特定多数の人が必要なときに利用します。
そのため、支払い手段を一種類だけにすると利用できない人が増えてしまいます。テレホンカードを日常的に利用する人にとってはカード専用でも問題ありませんが、普段公衆電話を使わない人ほどカードを携帯していない可能性があります。
これは現在の店舗で現金とキャッシュレス決済を併用する考え方にも似ています。新しい決済手段が便利だからといって、普及した直後に従来の支払い方法をすべて廃止すると、それを利用できない人が取り残されます。公衆電話では特に「必要になった人がその場で使えること」に価値があります。
公衆電話は緊急時・災害時の通信手段という役割もある
公衆電話には日常的な有料通話だけでなく、緊急時の通信手段という重要な役割があります。現在のNTT東日本の案内でも、110・118・119への緊急通報については硬貨やテレホンカードを必要としない仕組みになっています。NTT東日本・公衆電話の種類と利用方法[参照]
さらに注目したいのが停電時です。NTT東日本の現在の案内では、公衆電話について「停電時は、テレホンカードはご利用いただけません」と明記されています。つまり現在の公衆電話を考えても、カードと硬貨は完全に同じ条件で利用できるわけではありません。
もちろん、1980年代当時の機種について現在とまったく同じ事情だったと単純に遡って説明することはできません。しかし公衆電話という設備では、平常時の便利さだけではなく、さまざまな状況で通信手段を確保することが重要であり、支払い方法を複数持つことには実用上のメリットがあります。
既存の硬貨式公衆電話を一斉交換する必要もなかった
テレホンカード登場以前から、日本には多数の硬貨式公衆電話が存在していました。カードが登場したからといって、それまで正常に利用できていた公衆電話を直ちにすべて撤去し、カード専用機へ置き換える必然性はありません。
全国規模の通信設備を変更するには、新しい電話機の製造、設置工事、保守、利用者への周知などが必要です。一方、硬貨式公衆電話はすでに利用者が使い方を理解している設備でした。
なお、「交換費用だけが理由だった」と断定できる公式資料が確認できない場合には注意が必要です。歴史的事実として確認できるのは、1982年に硬貨併用のカード式公衆電話が登場し、1984年にはカード専用機も導入され、その後も硬貨とカードの両方に対応する機種が使われたという点です。そこから、既存方式と新方式を併存させる段階的な展開だったことが読み取れます。
硬貨とカードの併用は利用者にとって合理的だった
硬貨とテレホンカードには、それぞれ異なるメリットがあります。どちらか一方へ統一するより、両方に対応すれば利用者は状況に合わせて選択できます。
| 支払い方法 | 主なメリット | 主な弱点 |
|---|---|---|
| 10円・100円硬貨 | 財布にあればすぐ使える | 長時間・長距離通話では複数枚必要になる |
| テレホンカード | 硬貨を何枚も投入する必要がなく残度数を繰り返し使える | 事前にカードを持っている必要がある |
| 硬貨・カード併用機 | 利用者が状況に応じて選べる | 電話機の構造はカード専用より複雑になり得る |
特に公衆電話は、毎日利用する人だけのサービスではありません。「普段は使わないが今日だけ必要」という利用者を考えると、身近な硬貨を受け付けることには大きな利便性があります。
テレホンカードは硬貨を完全に排除するための仕組みというより、硬貨式公衆電話が抱えていた不便を補う新しい支払い手段として見ると、その後も併用機が残った理由を理解しやすくなります。
カードだけに統一するとテレホンカードの入手手段も必要になる
仮に全国の公衆電話をカード専用にした場合、公衆電話を利用する可能性がある人は事前にテレホンカードを用意するか、必要になった場所の近くで購入しなければなりません。
公衆電話は「その場で急に必要になる」という性格が強い設備です。電話をかけたいのにカードを持っておらず、周辺にも販売場所がなければ、電話機そのものが設置されていても利用できません。
一方、硬貨とカードの両方を利用できれば、カードを持っている人はカードの便利さを享受し、持っていない人は硬貨で利用できます。新旧の支払い方法を共存させることは、公衆電話の利用可能性を広げるうえで合理的な設計といえます。
その後も公衆電話はカードだけの仕組みにはならなかった
1990年に登場したディジタル公衆電話も、NTT東日本の歴史資料ではテレホンカードまたは硬貨を使える機種として紹介されています。さらに1996年の新形ディジタル公衆電話では、画面にカード残度数だけでなく「硬貨残枚数」も表示する機能がありました。NTT東日本・ディジタル公衆電話の歴史[参照]
一方、1999年には変造テレホンカード対策などを目的としてICカード公衆電話も登場しています。公衆電話は時代に合わせてカード技術や通信機能を進化させながら、さまざまな方式が併存してきました。NTT東日本・1999年以降の公衆電話[参照]
現在のNTT東日本の利用案内でも、通常時には「硬貨かカード」を投入する方法が案内されています。携帯電話やスマートフォンが普及した現在でも、公衆電話では利用者を限定しにくいという性格が残っています。
まとめ:テレホンカードは硬貨を廃止するためではなく公衆電話を便利にする選択肢だった
日本でテレホンカード対応の公衆電話が登場したのは1982年12月で、最初のカード式公衆電話は硬貨との併用型でした。1984年にはテレホンカード専用機も登場しているため、カード専用という方式そのものが採用されなかったわけではありません。
それでも公衆電話全体がカード専用へ統一されなかった背景を考えるうえでは、公衆電話はカードを持っている人だけではなく、その場で突然電話が必要になった不特定多数の人が使う設備であるという点が重要です。硬貨とカードの両方に対応すれば、カード利用者の利便性を高めながら、カードを持っていない利用者も電話できます。
公式資料からも、1982年のカード・硬貨併用機、1984年のカード専用機、1990年代の硬貨・カード対応ディジタル公衆電話という流れが確認できます。テレホンカードの登場は「硬貨からカードへの全面切り替え」というより、従来の硬貨に便利な支払い方法を追加し、利用者の選択肢を広げた出来事として捉えると分かりやすいでしょう。


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