携帯電話が普及する以前、日本の家庭では固定電話が主要な通信手段でした。当時の話として、「固定電話を引くには最初に10万円前後のお金が必要だった」と聞くことがあります。これは単なる昔話ではなく、電話回線を新たに契約するときに「施設設置負担金」などを支払う仕組みが存在していたことが背景にあります。
ただし、このお金を電話機そのものの購入代金と考えると実態とは異なります。また、時代によって金額や制度が変わっているため、「いつでも10万円以上だった」というわけでもありません。ここでは、昔の固定電話にまとまった初期費用が必要だった理由、いわゆる「電話加入権」との関係、お金の支払先や使い道、現在の制度との違いを整理します。
昔の固定電話で高額な初期費用が必要だったのは本当?
結論からいえば、固定電話を新規に設置する際、現在と比べてかなり高額な負担が必要だった時代は実際にありました。その代表的なものが「施設設置負担金」です。
施設設置負担金は、日本電信電話公社(電電公社)の時代から存在し、その後のNTTの加入電話にも引き継がれました。一般家庭が加入電話を新設するときには、契約料や工事に関する費用とは別に、この負担金を支払う仕組みがありました。
施設設置負担金は時代によって改定されています。代表的な金額としては、1976年に8万円、1983年に7万2,000円となり、2005年には3万6,000円へ引き下げられています。このため、実際の工事費などを含めた初期負担や、電話加入権を市場で取得したケースまで含めて「昔は電話を引くのに10万円くらいかかった」という記憶が残っている家庭があっても不思議ではありません。
「電話加入権」と「施設設置負担金」は厳密には同じものではない
昔の固定電話について調べると「電話加入権」という言葉がよく登場します。一般には施設設置負担金を支払って加入電話を契約する権利を、まとめて電話加入権と呼ぶことが多くありました。
ただし、施設設置負担金そのものを預金や保証金のように考えるのは正確ではありません。施設設置負担金は電話サービスを提供するための設備整備に充てる趣旨の負担金であり、解約すれば支払った金額がそのまま返ってくる制度ではありませんでした。
一方、加入電話の契約上の権利は一定の条件で譲渡できたため、電話加入権を売買する市場も存在しました。新品の回線を申し込む代わりに、電話加入権を扱う業者などから権利を購入する方法が利用された時代もあります。このため「電話加入権を買った」「電話の権利に何万円も払った」という表現が広く定着しました。
なぜ電話を使うだけで高額なお金が必要だったのか
現在では電話やインターネットの契約時に数万円もの設備負担金を支払わないサービスが一般的なので、当時の制度は不思議に感じられるかもしれません。その背景には、電話網そのものを全国へ整備していく必要があった時代の事情があります。
固定電話には、家庭に置く電話機だけでなく、加入者宅まで延びる電話線、電柱や地下のケーブル、電話局、交換機など大規模な通信設備が必要です。特に電話の普及期には、新しい加入者を受け入れるため通信インフラを急速に拡充する必要がありました。
施設設置負担金は、こうした加入電話サービスを提供するために必要となる設備の建設・整備費用の一部を利用者にも負担してもらうという考え方で設けられていました。つまり、高価な電話機を買うためのお金ではなく、電話ネットワークを整備するための負担という性格を持っていたわけです。
そのお金はどこに支払っていた?
NTTが誕生する以前の固定電話事業を担っていたのは、日本電信電話公社です。1985年に電電公社が民営化され、日本電信電話株式会社(NTT)が発足しました。そのため、契約した年代によって支払先となる事業体は異なります。
例えば1980年代前半に新しく家庭へ電話を引いた場合は電電公社の時代です。一方、民営化後はNTTの加入電話サービスとして制度が引き継がれています。現在は地域の加入電話をNTT東日本・NTT西日本が提供しています。
なお、施設設置負担金は税金ではありません。国や自治体へ納める税ではなく、電話サービスへの加入に伴って通信事業者側へ支払う負担金でした。
なぜ「電話加入権には資産価値があった」といわれるのか
電話加入権が現代人にとって分かりにくい理由の一つが、かつて一定の市場価値を持っていたことです。加入電話の権利は譲渡が可能だったため、中古の電話加入権を売買する業者が存在し、個人間でも名義変更を伴う譲渡が行われていました。
そのため、引っ越しや会社の設立などで電話回線が必要になった際、電話加入権を購入して利用することもありました。反対に電話が不要になれば権利を売却するという考え方もあり、電話加入権が一種の財産のように認識されるようになりました。
企業会計でも電話加入権が資産として扱われてきた歴史があります。ただし、携帯電話やIP電話など通信手段が多様化し、施設設置負担金を必要としない固定電話サービスも登場したことで、中古市場における電話加入権の実質的な価値は昔と大きく変化しています。
「10万円以上払った」という話が生まれる理由
施設設置負担金だけを見ると、代表的な時期には8万円や7万2,000円だったため、「10万円以上」という数字と一致しない場合があります。しかし実際に固定電話を使い始める際には、施設設置負担金だけを考えればよいわけではありませんでした。
契約に伴う費用や屋内配線・工事などの条件によって別の費用が発生することがあり、電話機を用意する費用まで含めれば、家庭から出ていく初期費用全体がさらに大きくなることがあります。また、電話加入権が市場で取引されていた時期には、その市場価格も一定ではありませんでした。
したがって、昔の体験談にある「電話を引くため10万円以上払った」という話と、「施設設置負担金が7万2,000円だった」という記録は必ずしも矛盾しません。制度上の負担金と、実際に電話を使い始めるまでの総費用を分けて考えることが重要です。
現在は昔と同じような高額負担が必須ではない
現在、固定電話を利用するからといって、昔と同じように必ず高額な電話加入権を取得しなければならないわけではありません。通信サービスの選択肢そのものが大きく変わっています。
従来型の加入電話以外にも、光回線を利用したIP電話などがあります。またNTT東日本・NTT西日本には、施設設置負担金を必要としない形で利用できる電話サービスもあります。そのため、昔の「まず電話加入権を用意する」という常識を現在の固定電話契約へそのまま当てはめることはできません。
さらに携帯電話が一人一台に近いほど普及した現在では、そもそも自宅に固定電話を置かない家庭も珍しくありません。電話加入権の存在感が薄れた最大の背景には、こうした通信環境そのものの変化があります。
まとめ:高額だったのは電話機代ではなく通信設備を整備するための負担金
昔の日本で固定電話を新設する際に、まとまった金額が必要だったという話には事実上の背景があります。その中心にあったのが施設設置負担金で、電話サービスを提供するための設備整備費用の一部を加入者が負担する制度でした。
「10万円以上」という金額については年代や契約条件によって異なるため、すべての家庭が一律に10万円以上を支払っていたと考えるのは正確ではありません。施設設置負担金が8万円、後に7万2,000円だった時代があり、それ以外の初期費用なども含めた体験として「電話を引くのに10万円ほど必要だった」と語られることがあります。
また、電話加入権は譲渡可能だったため市場で売買され、財産的な価値を持つものとして認識された時代もありました。携帯電話やIP電話が当たり前になった現在から見ると特殊に感じられますが、全国へ固定電話網を広げていた時代の通信インフラと料金制度を知ると、その仕組みが理解しやすくなります。


コメント